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初海外挑戦総括「シンガポール+αs冒険記」(2) ~帰国のご報告+本物の世界を見た1年間+決断された未来~

(続)

photo credit: Eustaquio Santimano via photo pin cc


【海外の日本人】

このような多く過ぎる出会いがあった1年で、多くのノン日本人も日本人にもお会いしたがそんな中で想った事がある。

それは「果たして、海外の大物達とちゃんとビジネスをしている日本人が海外でどれくらいいるんだろうか」という疑問。

また、大物だけじゃなくても、世界の日本人とネットワークがある日本人はそれなりに多いが、「世界のノン日本人とちゃんとネットワークがある人は本当に少数だ」ということにも気付いた。

松下幸之助や本田宗一郎などのJapan Revolutionの先駆者達は、英語が全くだったのにも関わらず、海外の大物達との人脈を自ら開拓した。大前研一氏が以下の文章を書いているのを以前拝見したことがある。(参考:大前研一の日本人論―活路を開いた男たちの志、気概に学ぶ

そこから更にグローバル化した現在、どれくらいの日本人が海外とガチンコでビジネスができているのか?

日本の数少ないホープである創業者系、柳井さん、孫さんや三木谷さんが何とかできているくらいではないか。

世界中の金融の世界を見させてもらったが、最もグローバルでなければいけない金融業界ですら、海外の大手と取引できている日系大手は非常に少ないか、ない。

海外にはそれなりには日本人はいる、だいたい3つのパターンに分かれる。

1つは海外にいる日本人相手もしくは日本人を海外に繋ぐことをビジネスとしているタイプ。

2つ目は大手企業の駐在員で1つ目と3つ目の中間。日本向け半分とローカル向け半分くらいかな。

3つ目は日本ってのは完全に無視して、ローカルバリバリでビジネスしているタイプ。

前者2つは基本的に日本人同士で夜も週末もつるんでいるケースが多い。

逆に後者は日本人とつるむ必要なくない~!?みたいなヒトが多かったりする。彼らの多くは、幼い頃の海外生活が5年以上という日本人としてのアイデンティーが少ないタイプだったりもする。

日本人のアイデンティーが強いまま、世界と戦える日本人が増えて欲しいと思うし、それを先導していく所存である。



【シンガポール株式会社という超効率主義国家を目の当たりにして】

ほぼ1年前の月曜日、シンガポールに入る飛行機の中でワタミの渡辺美樹会長とたまたまご一緒した。

そのようにシンガポールの注目度を肌で感じながら5月の出張以来のシンガポール到着。

最初は全く分からなかった、全てが本当に新鮮で新鮮で新鮮で、今みたく東南アジアの知識なんてもんはないし、毎月東京のマネジメントなどに送っているアジアレポートの最初の方の回を見返すと本当にしょぼかったことが伺える。

今から考えるとよくあんなの送ったなと恥ずかしい限り。

この国、シンガポール株式会社は何もかもが効率を最初のプライオリティーにして行動している営利企業じゃなく、営利国家って言える気がする。

税制のインセンティブのつけ方が本当に凄い。

法人税や個人税の優位性、こういう意味では法人税16.5%の香港などもそう。

しかし、実際にシンガポールが上辺で示している17%を払っている会社は何パーセントあるんだろうってくらい、どの会社も会社の特徴などによってプラスの減税を受けられる。

会社にもよるが、会社設立当初は税金の支払い義務もない。

個人は5億以上の資産をシンガポール国内へ移すと、即座に永住権が発行されたりと、シンガポールはヒト・カネ・モノを呼び込むとかいうか引き込むのもうまい。

平気で法人だけでなく個人を買収しちゃうそう。シンガポール留学後3年間シンガポールで働くと奨学金の返済は不要、その間に優秀だと思った人材にはあらゆるインセンティブを付け高額な給料などを約束し、国籍の変更をオファーする。

私がここにいた2010年から2011年のシンガポールってのは、カジノ開業・人口500万人を突破し600万人へ加速度的に増加中。

過去最高の経済成長率を記録するとともに、政府は不動産価格の規制などの対応に追われた期間。

また総選挙が行われ野党が独立後最大の躍進するなど、経済が豊かになる一方で、政府の舵取りが難しくなってきている。

金融に重きをおく国が金融危機の時期でも政府の舵取りで失業率などの問題などは抑えたのに、経済は加速度的に成長していて人々は豊かになったのに。

強い管理体制VS更なる自由を求める国民という、この国は次の段階を経験する事になるのだろう。シンガポールから離れても、この流れを見守っていきたい。



【欧州で見た3.11と自分自身の軌道修正】

よく人から何でそんなに明確に信念と目標・夢を持ち、わき目もふらず走り続けられるのかと聞かれることがある。(どうせなら何でそんなにかっこいいのとか、そんなに頭いいの?とか聞かれたいものだが(笑)。)

でも、実はちょっと違う。実は個人的には「中期目標は決めるな」って思ってる。

中期目標は常に曖昧な感じにしてきた。

短期と長期は常に明確な必要があるが、中期はある程度バッファーが必要。

でも短期の「次と次の次の駅はどこか」と、長期の「どっちの方角へ進むか」ってのは間違いなく明確である必要があると思ってる。

中期はいくつかの経由地点のイメージだけもたせておくくらいがいい気がしている。

だから、短期のゴールと長期の夢はよく語るが、中期を聴かれると、「正直、何でもいいんじゃないすかね。」って答えている、「最終地点までの行き方は何千はないかもだが、何百通りはあるんじゃないか」と。

この3月に欧米遠征へ出発する前までは、短期ではシンガポールを拠点としてプライベートバンカーをあと2年くらい続けて、今のように上場企業創業者レベルや各国の役人レベルに至るまでの東南アジアの人脈の強化と海外でのビジネスレベルを強化しようと思ってた。

だから、ゴールドマン始め外資金融数社とシンガポールでのバンカーのポジションの話を進めていたし、現に数社からそのような機会を頂くことも出来た。

しかし、一方で初めての海外経験であるシンガポールに酔っている自分がそこにいた。

もう日本はいいから、シンガポールから海外とビジネスしていこうと、日本ってことが関係ないところでビジネスしようと。

でもね、別にそんなもんいつでもいいじゃんって思うようになったし、日本ってキーワードが自分から外せないことにも気付いた。

欧米訪問はいい意味でシンガポールが選択肢じゃないってことも日本の大切さも痛感させてくれた。

そう、欧米遠征を通じて、もっと広い世界、もっと競争が激しいが刺激的な世界に直面した。

シンガポールで優秀だって人達とはまた違った、というより圧倒的にレベルは上な人たちにたくさん会った。

また、3.11があった、あの時自分はちょうどパリからミラノに移ったところだった。

BBCやCNNを見るたびに悲惨の映像が目の前に移り続ける。

涙が止まらない。家族の安否はすぐ確認できた。それでもコトバには表し難い、何か不思議な感情と出合った。

世界は日本人の地震後の助け合いを絶賛していた。「日本は美しい・素晴らしい国なんだ」。

そこからスイス・アメリカと数え切れない人達にお会いした、その多くの方々が、自分が日本人だと分かると心から心配してくれた。

「日本はこんなに世界から愛されているんだ」。

そんな中で確信した自分自身の気持ち、「おれって日本が大好きなんだな」「日本人である事がこんなに誇りであるんだ」。

日本を出るときは、「日本とは関係ない形でビジネスしよう」とか、「もう日本なんてつまんないし、未来ないし、ずっと海外でやろう」って考えていた。 これからも、また海外に出て海外とビジネスするのってのは全く同じ。

でもね、正直どこでやったって、場所は関係ないんだよね。欧米出張中時もアジアと連絡を取り合ってて、別に何とかなるもんだし、世界は繋がっているとのは自分の身で体験したからこそ、どこで起業したっていいことを悟った。

特に自分の次のステップで始めるビジネスは東南アジアでやるのは難しいことも、日本でやるべきことが多いことも明確になった。

そして、日本人ってことを胸に、「Where are you from?」と聞かれるならば「from Japan!!!」と誇りを持って答えたい。

そして常に何か日本には関係していたいし、日本の名前を世界に轟かす張本人となっていたい。

夢は一緒、南極の氷が溶ける程、世の中を熱くすること。

そのために時価総額10兆円超えの世界に誇る、トヨタに告ぐ2番目の日系企業を創業する。

そして55歳までに経営を退いた後に100兆円のチャリティーを起こす。

このどのステップでは大好きな日本と何かしらは関わっていたい。



【ネクストステップ】

ってこで、これから帰国して日本の本社でもう一回、プライベートバンクに携わり、日本の金融資産50億円以上の日本の大物達とビジネスをさせて頂きながら、副社長や専務らとのプロジェクトに参画しアジアでの会社全体のリテールビジネス戦略にも携わるようです。

なので、今後もアジアを始め海外をうろちょろしていたりするとも思います。

修正:日本に戻って一ヶ月、プロジェクトを本格的に始動するに当たり、一番リテールビジネスを大きく展開しているタイの現地ベースから東南アジア戦略を練る事になりました。) 

これから仕事しながら、自分自身のビジネスの準備に時間を投資していく予定です。

えっ?何をやるかですか?

学生時代にインターネット広告で起業したように、インターネットの世界に戻ります。

でもアプリとかコミュニケーションとかゲームとかミュージックとかではないです。

ターゲットは次のどっちか、又はこの全て。 インターネット×金融か、インターネット×教育か、金融×ネット×教育 です。 

大学1年の冬に大きなヘルニアという爆弾を腰に抱えてから、サッカーでプロの夢は破り去られました。

その後、大学で中高の数学の教師の免許を取得しながら大学3年までは教師になるつもりだったので、代ゼミでチューターなどもやってたし、サッカー部時代の副将や主将の経験から組織やコーチングって方面にも精通している。

ってことで全体的に教育分野には精通しているし、何がポイントかもある程度わかってる。

それに人生の夢の一つは大学の親友と決めたパレスチナに学校を作って教育を充実させ宗教戦争を終わらせる事。

これは東南アジアで見たストリートチルドレンなどの光景もあるので、東南アジアにも貢献できることとして非常に意義深いと考えている。


インターネット×金融に関して。世の中には医者・弁護士・会計士っていう大変な資格を取って初めてなれる専門家達がたくさんいる。

学生時代から含めて余裕で数千人の経営者にお会いした。そこで分かった事、企業が苦手とするのは2つ、法務面と金融面。

それなりに専門性のいるものだし、普段普通に生きている中ではなかなか学ぶ機会に出会わない人も多いだろうから。

ということで、この金融は、それなりに参入障壁が高い分野ではあると考えられる。

しかし、この業界にいるから分かるのだが、金融業会の人たちはネットには弱いケースが非常に多いのだ。

自分は老けてるがギリギリでジェネレーションYの世代、つまりウェブネイティブ世代だし、大学の起業もネット広告代理店ってことで、金融とインターネットの両面に精通できている。

ちなみに、インターネットは音楽業界、コミュニケーション、ゲームなど多くの業界を破壊したが金融で破壊されたのはネット×金融情報のブルームバーグくらいだろう。

もちろんたくさんのスモールプレイヤーがでてきている。

しかし、まだまだちっさい。

グーグルやヤフーをその可能性に気付き始めているので、グーグルはUKの金融商品向けの価格サイトを4月に買収、ヤフーはメインページに表示するアプリで金融系スタートアップ数社と提携した。

この分野はまだまだまだまだいく。 NYCやロンドンでもまた気付かされた。

各金融機関とのMTGをしていてよく分かった。どこも、この部分を強化しようとしていたし、やんなきゃ不味いみたくなってきている。

すでにiPadは欧米の金融担当者達のカバンを空にさせた。

上記したが、ちなみにインターネット×金融のビジネスアイディアの中の幾つかを組み合わせて、ビジネスプランをプレゼンしてきた。

アジア各地から選抜され集まった超エリート達40人くらいの自分よりも経験豊富な金融スペシャリスト達の中で、奇跡的に5人のファイナリストの1人に選ばれた。

スタンダードチャータードバンクのアジア部門のマネジメントチームたちの前で来週プレゼンしてくる。

優勝すれば、賞金とそれなりにファンディング機会やファンクションの提供が受けられるかも。



【マクロを見れる経営者とドットコムバブル2.0】

しかし、このことは忘れてはいない。ネットバブルの兆候だ。

これはどこかのタイミングで確実に終わる。からこの流れを見極めながらいく必要あり。

グル―ポンのIPOの急ぎっぷりとか、利益が未だに出ないTwitterなど、2000年を彷彿させる現象は起こっている。

しかし、マクロを見るのは得意だ、起業価値のバリュエーションもできる。

PERでの比較や将来キャッシュフローからのバリュエーションがいかに意味ないかも知っているし、行動経済学から市場がどれだけ加熱しているかもそれなりに見極める事ができる。

それはこの5年間、世界中のたくさんのマーケット・銘柄を見て、かつリーマンショックまで該当の業界で経験して成功も失敗も繰り返したので、最低限できるようになった。

Linkedinの株価の付き方や、最近のシリコンバレーの資金の出し方など、ドットコムバブルの再来か、という話を今週ワコム(WACOM/6727:JP)さんの経営陣とのランチMTGでもしたが、その他のビジネスアイディアの話も含めて、ワコムさんの社員達の前で講演する事になった。

この辺のネタはたいぶ充実してきた気がする。

いろいろアイディアが沸いてきているので、どんな風になるかが楽しみだ。



【挨拶】

長々と書きましたが、結構ビジネスモデルとか沸いてきているので、興味のある方はまた会った時にでもお話したいです。

充実過ぎる1年間を過ごす事ができ、大きな成長を遂げる事ができました。

しかし、それとともに、まだまだまだまだ自分は半人前だというのも十二分に承知しているつもりですし、夢への道のりを考えると、足りないものばかりだし、多くの障害があるのも存じています。

でも死んでも叶えたい夢がある、だからそこに向かっていく、それだけです。

だからこそ、今後も死ぬ気で150%で走り続けたいと存じます。


シンガポールを中心に海外でお会いさせて頂いた皆様

本当にお世話になりました。出張やMTG続きで、付き合いが悪かったことも多く、申し訳ございませんでした。今後とも御指導御鞭撻の程よろしくお願い致します。6月の末に帰国予定ですので、2週間しかありませんが、それまでにタイミングがあえばご挨拶ご飯かお茶でもさせてください。


日本の皆様

何ヶ月かは本社勤務になるかと思います。出張はそれなりにあると思いますが、東京中心に動くと思いますので、戻ったらまたご挨拶したいです。何卒種々御教導の程、何卒宜しくお願い申し上げます。

以上 駄文・長文にも関わらず、最後までお読み頂きありがとうございました。

平成23年6月17日 tomitaZUU