ついに拙著『鬼速PDCA』が店頭に並ぶ。出版社からの事前情報では、金融マンの多い丸の内界隈の書店では大掛かりに展開をしてくれるそうだ。嬉しいような恥ずかしいような気持ちである。
社会人になって以来、1日も欠かさず取り組んできた我流のPDCA。それは、1)目標に向かって最短ルートを見つけるためのコンパスとして、2)迷いを滅し、自信を生み出し、やる気を維持するモチベーションの源泉として、そして3)マルチタスクをこなすためのフィルターとして機能し、一ビジネスマンとしてそれなりに納得できる成果を残すことにつながった。
そして起業から3年が経ち、この鬼速PDCAを企業文化の軸に添えたことが間違いではなかったことを最近のRed Herringや日本テクノロジーFast50などの受賞実績によって自信に思えるようになったいま、若干荒削りでもあった我流のフレームワークの体系化は、いずれにせよ早急に行う必要があった。その意味では今回の出版オファーは渡りに船であったと言える。
こうやってスタートした体系化作業だが、自分なりに世の中のPDCA本やネット記事を調べたり、製作チームとの打ち合わせを重ねたりしていくうちに、軽い衝撃を受けたことは前回も少し書いた通りだ。つまり、単刀直入に言えば、世の中に流布しているPDCAに対するイメージがあまりに近視眼的、または偏っているのだ。
私なりに気づいたPDCAに対する世間が抱く誤解は7つある。以下にまとめてみた。
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1 PDCAは簡単だと思っている
社内研修などで頻繁に取り上げられるからだろうか、ビジネスマンにとってPDCAは基本中の基本であり、改めて学ぶ必要などないと思っている人が多い。
しかし、実際のところPDCAには「レベル」がある。簡単なPDCAであれば少し社会人経験のある人なら誰でも回せるかもしれないが、現状とゴールのギャップが大きい課題を同時に複数回すといった高度なPDCAは、よほどの熟練者ではないとできない。よって「PDCAなんて簡単だよ」と公言する人はPDCAの奥深さを知らない、または真剣に取り組んだことがないと言っているのと同じだと思うのだ。
2 管理者向けのフレームワークだと思っている
これが一番大きな誤解かもしれない。PDCAは管理職向けだと信じ込んでいる人が多いためなのか、20代でPDCAを真剣に回している人にほとんど会ったことがない。担当頂いた編集者さんに聞いても、PDCA関連の本を買う年齢層は高めだそうだ。
しかし、本来、PDCAは回す対象を選ばない。恋愛でもダイエットでも趣味でも使える。何か目標を達成したい、昨日より上達したいと思えることがあれば、PDCAを回せばいい。「品質管理の責任者じゃないから」とか「部下を持っていないから」といった理由は一切関係ない。
それにPDCAは成長のフレームワークであり、あらゆるビジネススキルの上達を早める土台として機能する。若手ビジネスマンが1日でも早く結果を残そうと資格試験や英会話の勉強に励む気持ちは痛いほどわかるが、その前にまずPDCAを身につける方が実は優先度が高いのではないかと思う。「いそがば回れ」ならぬ、「いそがばPDCA」である。
この本も、実際に読んでほしいのは伸びしろが無限にある20代のビジネスマンである。ただ、若い世代はなかなか本を読まないそうなので、もし管理職の方が本書を手に取られて内容に納得してもらえたら、若手社員の勉強会の課題図書として使ってほしいと切に願っている。
3 失敗するのは検証が甘いからだと思っている
PDCAと聞いて「検証(CHECK)」を真っ先にイメージする人は多い。たしかに多くの人にとって振り返りは面倒なことであり、検証が甘いPDCAはただの「やりっぱなし」であり、PDCAとは呼べない。
ただ、それは「計画(P)」を入念にして、確実に「実行(D)」できている前提の話だ。実際には私の感覚では世の中のPDCAの5割は「計画(P)」で失敗していると思う。つまり、計画が甘いのだ。もちろん、中途半端な計画でも検証をきっちりすれば軌道修正はできる。ただ、きっちり検証できるのに計画が甘いということはあまり考えらない。
よって本書ではPDCAの要である「計画(P)」の解説にかなりの紙面を割いている。
4 課題解決のためのフレームワークだと思っている
PDCAはある課題を解決するときの強力なツールだ。だからといって課題があるときしか使えないのかといったらそうではない。
たとえばサッカーでレギュラーになりたいと思ったときに、苦手なドリブルを課題にしてPDCAを回すといった選択は、ある意味、普通の発想だろう。だが実際には「いま問題なくできているパスの精度をさらに伸ばす」という選択肢もあるはずだ。そしてそのためには「なぜうまくできたのか」という分析が不可欠であり、その再現性を高める努力が必要になる。
鬼速PDCAでは後者の選択肢を「伸長策」と呼び、「改善策」と同じように重視するように提言している。
5 改善さえすればいいと思っている
先ほどの課題重視の話と似ているが、「できないこと」ばかりにフォーカスしていると、それができるようになったとたん、つまり、改善によって課題が解決した瞬間にPDCAを回さなくなるケースが目立つ。
もちろん、PDCAの対象(定めたゴール)が達成できたらそのサイクルは終了していいが、実際に人は大なり小なりのPDCAを回しつづけることが理想であり、そうやって何かしらの分野で常に成長していることが周囲との圧倒的な差を生み出す要因となる。
単発で回すPDCAに効果がないとは言わない。ただ、それで満足していてはもったいないと思うのだ。
6 大きな課題のときだけ回せばいいと思っている
課題やゴールが大きければ、何も考えずに努力をしたところでなかなか実現は難しい。よってそこにはPDCAが必要になる。
ただ、そうかといって小さい課題ならPDCAを回す必要がないのかといったらそうではない。なぜなら人は小さな課題をいくつも同時に抱えているものであり、それらの実現のためには小さい課題であっても効率性を考えて片付けていかなければ、結局、いっぱいいっぱいになってしまうからだ。
そもそも、大きな課題に取り組んだり、壮大な目標を立てたりするときも、それをそのままPDCAの対象にしてしまうとマンパワーや時間といった資源が分散し、さらに効果の計測が曖昧になり、そのうち挫折してしまうことがよくある。
それを回避するためには、大きなゴールであっても実行にうつすときは小さくブレイクダウンして、ひとつひとつ潰していくこと。「すべてを同時にやろう」と意気込んで本当に実現してしまうなら、だれも苦労などしない。
どんな課題や目標であっても、「まずはここを取り組めば効果が出る」というクリティカルポイントがある。そこを集中して小さなPDCAを回せば、結果的に大きなゴールに早く到達できる。
7 目的の検証ができないと思っている
PDCAに対する批判のひとつとして、「なんのためのPDCAなのかという振り返りが甘くなりやすい」という指摘がある。
世の中のPDCA本ではそうかもしれないが、鬼速PDCAではPDCAを「上位・下位のPDCA」や「大・小のPDCA」といったように階層化しているので、取り組む課題が小さなPDCAであっても、定期的にその上位にある大きなPDCAを意識するように薦めている。
言い換えれば、PDCAを回すときに定めるゴールは、上位PDCAから見ればサブゴールであり、それを達成することで上位PDCAの実現に近づくということだ。
この考え方はグーグルで採用しているOKR(Objectives and Key Results)、すなわち、「どんな業務であっても必ず目的(と追うべき数値)を明確化する」という考え方と一緒である。
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『鬼速PDCA』の体系化にあたっては、まるで自分がPDCAのエバンジェリスト(啓蒙者)になった気分で、こうした世間の誤解を一蹴して、PDCAの持つポテンシャルをもっと多くの人に知ってほしいという願いを強く抱きながら取り組んだ。
その願いが少しでも叶うことを祈るばかりである。
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