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全国高校サッカー選手権大会~自身の原点~

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12月30日、毎年恒例のあの大会が始まった。

高校3年生にとって最後の大会。

全国の高校生がこの大会で優勝することを目標に日々練習に励んできた。

全国高校サッカー選手権大会!毎年この時期になると思い出す。

それは高校3年の最後の試合。。2000年10月1日、日曜日。

会場は対戦相手の光陵高校のグランド。

全国高校サッカー選手権大会神奈川県予選ベスト8をかけた試合。

後半、俺のいる多摩高は3点のビハインドを背負い、前線に枚数をかけ、最後の可能性をかける。

何度も押し込むが点は取れない。「ピッ、ピッ、ピッーーーーー」。

試合終了。

0-3.

その瞬間、俺の3年間の高校サッカーは終わった。

体の力が抜け、頭がボーっとする。

自然と涙が溢れてくる。

ベンチへ戻る、もちろんベンチのみんなも号泣。

3年間一度も涙を見たことのない先生まで泣いていた。

最後のおじぎをしたあと、皆で抱き合いながらマジ泣きまくった! 

その後も、ずっと泣いていた。

1回泣き止んでも、誰かと話すたびに涙が出る。

「人生で一番泣いた日は?」と聞かれたなら間違いなくこの日と答えるだろう。

 

神奈川県は全国でも相当な激戦区。

俺のいた多摩高校はその神奈川でベスト16に残った。

しかし、あのチームは初め、誰もが認めるひどく弱いチームだった。

川崎市ではそこそこ勝てるレベルだったが、県では1勝もできなかった。

勝てなかった多摩高がどう勝てるようになったのか。

 

俺らのとった手段、それは‘気が狂ったように走ること’

自分らより強いチームにテクニックでは勝てない。

テクニックは大きくは変わらない。

でも、体力は幾らでも変わる!

とにかく走った。走った。走りまくった。

走らない日なんてなかったし、走り過ぎて過呼吸で倒れる奴なんかもいた。

クーパー走(12分で3千メートル)を一日に何本もやったり、エンドラン(グランドの端から端まで17秒で行って1分以内に帰ってきたまたスタート)を時間通りに全員が20本入るまでをやったり、言葉では表しづらいのだが殺人という名の走りもやった、他にも山中湖1周を競争したりと、とにかく毎日死にそうだった。

もちろん走るだけじゃない、MTGも徹底的にしたし、筋トレもしまくったし、栄養にも気を使いまくった。

やれることは全てやった。

多摩高サッカー部の全員がやれること全てを100%でやっっていった!

そんな生活をずっと続けていく内に、少しずつ勝てるようになった。

最後の大会でも、接戦の試合は多かった。

しかし、走り負けない強さ、そして何よりやれることを100%やったという自信、これがチームを後押しした!

その状態で1試合、1試合勝利していき、あの結果が出たのだろう。

もちろん、最後の試合の後悔は今でもある、まだ上に行くだけの力もあった。

しかし、今回ふと書いてみたくなったことでは、そこが言いたいんじゃないのでこれ以上触れない。

 

この過程と出した結果、そこに俺自身の原点があるように思う。

何かに向かうのなら絶対100%でやる!

そして100%でやれば絶対不可能はない!

こーいうレベルで行動するようになったのは、ここからだったように思う仲間達もそう思ってるような気がする。

少なくとも、多摩高サッカー部に各々の原点があるはずだ。

ここまでやったから、多摩高サッカー部は他の部と比較して、めちゃくちゃ仲が良い。

高校時代はめちゃくちゃ仲良いわけじゃなかったのに。

一緒に喜び、一緒に泣いた仲間、そして何より100%で一緒にやった仲間はマジでデカい!

俺自身の原点。

その後、俺の上げた成果を常に支えた原点。

全国高校サッカー選手権大会。。

なーんて、熱い試合見てて、なんとなく書いてみたくなってしまった。

話せば長いし、いろんな要素が出てくるが、単純な部分だけ抽出して、何より自分の原点である部分に特化してストーリーチックに書いてみた。

99%までの注力じゃない、100%!!

 

あぁ、てかその前に、みなさま、あけおめでございます。

去年はありがとうございまっす。

みんなに支えられてここまできました。

今年もずっとずっとよろしくでっす!

みんなにとって今年が素敵な年でありますように☆〃

  p0102_27_b.jpg 絆